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日本のミュージックシーンを築いたロック、ポップスの名盤

      2017/09/12

日本のミュージックシーンを築いたロック、ポップスの名盤

胸がきゅんとするような、青春時代のアーティスト。日本のロック界を作った人たちの名盤は、今も色あせることなく心に残っていると思います。

今回は、日本のミュージック界をリードしてきたアーティストによるロックの名盤についてまとめてみました。

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日本のロック名盤1位−風街ろまん

はっぴいえんど 1971年
大瀧詠一、細野晴臣、鈴木茂、松本隆という後の邦楽発展の裏に欠かせない存在となる4人による伝説のバンドの2nd。「風をあつめて」に代表される『古きよき日本・東京の姿=風街』という世界観の中で鳴らされる名曲の数々は、日本語ロック・邦楽史の金字塔として、けっして色褪せる事のない、文句なしの超名盤。

引用元-邦楽名盤100選 │ ブックオフオンライン

日本のロックの礎−はっぴいえんど

「赤いスイートピー」「ルビーの指環」など日本歌謡史に残るヒット曲を輩出してきた作詞家・松本隆が今年、作詞活動45周年を迎えることを記念した公演『風街レジェンド2015』(21・22日)が21日、東京国際フォーラムホールAでスタートし、元はっぴいえんどの松本、細野晴臣、鈴木茂が揃ってファンの前に姿を見せた。

松本は20歳のとき、故・大瀧詠一さん、細野、鈴木とともにロックバンド「はっぴいえんど」を結成し、ドラムと作詞を担当。「日本語のロック」を立ち上げ、その後の日本のポップミュージックシーンに多大な影響を及ぼした。バンド解散後は作詞家に専念。太田裕美、近藤真彦、松田聖子、斉藤由貴、薬師丸ひろ子、KinKi Kidsらの膨大な数のヒット曲を輩出し、作曲家・筒美京平、松任谷由実ら音楽仲間とともに歌謡曲黄金時代を築いた。

豪華メンバーによる公演でオープニングアクトを務めた、元はっぴいえんどの3人は、1971年リリースの名曲「夏なんです」「花いちもんめ」を熱唱。細野から「ひさしぶりのドラムだけどどう?」と問われた松本は「ダメだわ」と苦笑い。「40年ぶりに叩きました」とボケて会場を笑わせた。

細野は「惜しい仲間を1人失ってしまった」と、2013年に亡くなった大瀧さんに言及し「このライブの打ち合わせの時に3人でいろいろ話し合ってこの方に決めました。素晴らしいボーカリストです」と「佐野元春」の名前をコール。佐野が登場すると会場からは割れんばかりの拍手が起こり「はいからはくち」を大瀧さんに届けとばかりに熱唱した。

公演ラストに再登場した3人は「皆さん歌がうまくて感心する」と集まったゲストを称賛。ステージ上に共演者が集結すると松本は「素晴らしい歌手の皆さんのおかげで素晴らしい歌を残すことができた」と感謝した。

引用元-松本隆、45周年公演で細野晴臣&鈴木茂に感謝「素晴らしいメンバー」 | ORICON STYLE

日本のロック名盤2位−ラプソディー

RCサクセション 1980年
RCがロック/R&B形態へと本格移行した、『エレキ化後』初リリースのライヴ盤。仲井戸麗市らの加入で、全盛期のメンバー5人が揃った勢いそのままに、清志郎の言葉の殺傷力・楽曲の持つ力が炸裂。「よォーこそ 」〜「雨あがりの夜空に」〜「キモちE」まで、聴き逃すこと不可能な、日本最高のライヴ盤として名高い一枚。

引用元-邦楽名盤100選 │ ブックオフオンライン

日本のロックの名盤3位−ソリッドステイトサバイバー

イエロー・マジック・オーケストラの2作目のアルバム。または同アルバムに収録されている曲。

引用元-Wikipedia

本アルバムは日本においてテクノポップという一ジャンルの先駆けとなり[2]、その後「YMOチルドレン」と呼ばれるミュージシャンたちに多大な影響を与えたが、制作当時のYMOにそのような気負いはなく、単にスタジオでの音作りを楽しんだだけのつもりだった[2]。この頃からクラフトワークやYMOを指して「テクノ」「テクノポップ」というキーワードが使われ始め、細野はようやく「ああ、(自分たちは)そうなんだ」と気がついたという[2]。また本作は商業的な成功を狙っていたわけでもないため、リリース後ワールド・ツアーに出ていたYMOは、ツアー先で日本国内での本作のヒットの報を聞き驚いた。
細野は「そういうことを意識しないほうが面白くできるから」とむしろ困惑したと回想している[2]。

引用元-Wikipedia

日本のロックに影響を与えたYMO−YMOチルドレン

一言に「YMOチルドレン」といっても音楽性は共通しておらず、ポップミュージックとして影響を受けた槇原敬之・宮沢和史・高野寛、テクノミュージックのルーツとして影響を受けたテイ・トウワ・電気グルーヴ、音楽性では現在ほぼその影響を見ることができないがその著作などで影響を見ることができる大槻ケンヂなど、その後の作品での表現形式における影響は様々である。
しかし、共通して言えるのは「1980年代初頭〜前半にYMOの影響を受け、1980年代終盤〜1990年代前半にデビューしたミュージシャンに多い」という点である。これは逆説的にYMOの影響力を証明していると言える。
なお、松武秀樹、矢野顕子、シーナ&ザ・ロケッツ(初期)、サンディー、スーザン、戸川純など、YMO結成当時関連の深かったミュージシャンを総称して「YMOファミリー」と呼ばれることがあるが、これらとはコラボレーション等で交流がある場合もあるが直接的な関連は薄い。

引用元-YMOチルドレン – Wikipedia

日本のロックの名盤−ひこうき雲

松任谷由実になってからユーミンはとても達者になってしまい、勿論好きな曲もいっぱいあるんだけど、やっぱり荒井由実にはかなわない。
かと云って、荒井由実が達者じゃなかったわけではなく、デビューした時はそれまでの日本の音楽シーンとは一線を画した達者なメロディや和声に、何とも云えない気持ちよさを感じたものだ。
そしてその気持ちよさは、あれから30年が経とうとするいま聴いても、少しも色褪せることはない。

キャラメル・ママ(細野晴臣・松任谷正隆・鈴木茂・林立夫)の音がいい。
キャラメル・ママはちょうど、細野晴臣のソロ『HOSONO HOUSE』や、吉田美奈子の『扉の冬』に関わってた時期で、荒井由実のデビュー・アルバム『ひこうき雲』も含め、ある面 、バッファロー・スプリングフィールドやザ・バンドといった泥臭さを持ちながら、それでいて繊細で垢抜けた、奇跡のようなぬ くもりのあるサウンドを聴かせてくれている。

そして荒井由実の詞とメロディがいい。
アルバム『ひこうき雲』(’73)と次作『ミスリム』(’74)に於いて、ユーミンは紛れもなく天才だった。そして彼女を“天才”と呼べるアルバムは、この2枚に限られる。

ユーミンの音楽はどこか虚構的で、それが聴き手に夢を与えてくれのが魅力とも云われるが、最初の2枚のアルバムは、例えば『ひこうき雲』という歌で「あの子」という人称を使いながらも、そこからはとても私小説的な匂いがする。
その私小説的な部分から、「実はユーミンは素直でやさしい女の子だったんだね」みたいな、きっと本人は嫌がるだろう透明でピュアな張りが覗いている。

引用元-荒井由実

あらい・ゆみ(1954-) アーティスト ユーミンこと松任谷由実の旧姓。

1954年1月19日に東京都八王子市の裕福な呉服商の娘として生まれる。1972年、多摩美術大学在学中、シングル「返事はいらない」でデビュー。1976年、松任谷正隆氏と結婚。1978年の「紅雀」から現在のアーティスト名・松任谷由実を名乗る。荒井由実時代の代表作に、「卒業写真」「あの日にかえりたい」「ルージュの伝言」「翳りゆく部屋」など。他、多数の曲がある。

引用元-荒井由実とは – はてなキーワード

日本のロックに影響を与えたグループ−キャラメルママ

はっぴいえんどから細野と鈴木、フォージョーハーフから林と松任谷というメンバーで結成されたスーパー・グループの第1作目。荒井由実、吉田美奈子のバックとして評価を高め、以降、周囲のメンバーとさらに強力になったファミリーとしてのティン・パン・アレーとして発展。70年代のカフェ系というか、和み系サウンドといったところ。1975年作品。

引用元-キャラメル ママ : Tin Pan Alley | HMV ONLINE – CRCP-28134

70年代日本ロックの先駆け“ティン・パン”の名盤がリマスタリング、紙ジャケで再発。2000年に新たな活動をはじめた彼ら、自由でオーガニックだった当時のサウンドは全く色あせない。(CDジャーナル データベースより)

引用元-キャラメル ママ : Tin Pan Alley | HMV ONLINE – CRCP-28134

まとめ

先日の大瀧詠一の訃報にショックを受けた方も多くいらっしゃることでしょう。青春の1ページが失われてしまったような感覚でしたよね。
松本隆さんの45周年記念に元メンバーが集まったとの事、思わず笑顔になりますね。

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